Journal

Brewed Protein, Spiber

Brewed Protein, Spiber

Ron Herman Journal

Issue 83Posted on Dec 05.2023

「あっ、気持ちいい」。思わず笑みがこぼれてしまう、やわらかな肌触り。カシミヤのような上質感とウールのようなぬくもり。これまでに体感したことがない不思議な心地よさ……。今回、ロンハーマンが新しい試みをした「Brewed Protein™」(ブリュード・プロテイン™)を起用した生地です。初めて耳にする方も多いでしょうが、未来に先駆ける革新的な素材として世界から注目を集めています。Brewed Protein™繊維は、シルク、カシミヤ、ウール、ファーなどのような素材を、植物由来の原料から自在に生み出せる魔法の繊維なのです。その秘密は、最先端のバイオテクノロジー技術による、微生物の発酵プロセスで生成された合成タンパク質……。と説明すると、難しく感じるでしょうが、私たちの暮らしに身近なワインやビール、チーズやヨーグルトなどの発酵食品の製法と原理は同じなのです。



Brewed Protein™繊維にロンハーマンのシグネチャー素材であるコットンを50%混紡してオリジナルの素材に。糸が細いために特別な編み機を使って、美しく滑らかなテクスチャに仕上げた


カシミヤやウールは、すぐれた天然素材として、古来より人々の暮らしには欠かせないものでした。ですが、近年はその生産には温室効果ガス排出や動物へのストレスなど、さまざまな問題が指摘されています。アルパカウールやファーなど動物由来の素材を使用しないことを表明している、ハイブランドや大手ファッションメーカーも少なくありません。環境や動物に負荷をかけることなく、カシミヤやウールを生産できれば。その難問を解くカギと期待されているのが、Brewed Protein™繊維です。原料はサトウキビなどの植物由来の糖のため、枯渇資源に依存しない持続的に生産が可能。動物を飼育するよりも土地や水の使用量、温室効果ガスの排出量も大幅に削減。そして、素材自体は環境分解性があるため生態系の中で循環可能という多くのメリットがあります。



「Brewed Protein」を手がける山形県鶴岡市にある「Spiber」の本社工場。世界中から意欲的なスタッフが集まる


Brewed Protein™繊維の開発を手がけるのは、「Spiber」(スパイバー)というスタートアップ企業です。2007年当時、大学院の学生が仲間とともに、合成タンパク質素材の可能性を夢見て設立しました。世界で初めて合成タンパク質素材の量産化技術の確立に成功したことで注目を集め、より多様な素材開発へと進化させ続けています。その本社があるのは山形県鶴岡市。出羽三山を遠望する庄内平野、周りを水田に囲まれ、夏は青々とした緑、秋は黄金色に染まり、冬は深い雪に覆われます。自然豊かな環境の中で、ひと際、Spiberの近代的な建物が目を引きます。



Spiberの頭脳ともいうべき研究ラボ。20種類のアミノ酸で構成されるタンパク質はアミノ酸の組み合わせや並べる順番により、膨大な異なる性質が生成される(例えば、カシミヤ、亀の甲羅、爪、髪の毛、クモの糸等)。Spiberではそのアミノ酸の配列を目的に合わせてデザインし、独自のタンパク質を生産する技術、プラットフォームを確立。応用範囲として見据える領域は、アパレル業界だけでなく、将来的には自動車や食肉、医療など幅広い


世界をリードしている企業だけに、ラボも工場も緊張感に満ちた雰囲気に包まれています。真剣な面持ちで黙々と目の前の研究や開発、生産に向き合う社員の方々。DNAレベルの研究開発を行っているので、安全性や機密事項への対策は厳重そのもの。一方、海外出身のメンバーも多くオフィスフロアには英語も飛びかい、エネルギーと活気に満ちた側面も併せ持っています。現在、全社員の数はおよそ300名。Brewed Protein™素材の可能性を信じて、世界中からSpiberに集まっています。Brewed Protein™素材の応用範囲は繊維加工した状態でのアパレル業界への活用に留まらず、化粧品、人工毛髪、食肉、自動車、医療、建築と広大な領域を見据えています。まさに社会を変える原動力になるかもしれません。すべてのメンバーが、自分の役割を情熱と責任を持って果たす。その源泉はBrewed Protein™素材がつくり出す新しい未来への期待なのです



世界最先端の技術が集まったラボと工場で、携わる全員が自分に課せられた役割を黙々とこなす。そこにあるのはBrewed Protein™素材への期待、循環型の社会実現への思い


私たちが初めてBrewed Protein™繊維と出合ったときも、同じ思いを抱きました。この新しい素材は、世界をよりよくする可能性を秘めているのでは。そして、ロンハーマンらしい服づくりができるのでは。このワクワク感をぜひカタチにしたい。Brewed Protein™繊維に触れてはいたものの、服になったときにどのようなテクスチャになるのかわからないという手探りでのスタート。ですが、サンプルが仕上がったときに、私たちの選択は間違っていなかったと確信しました。最先端の素材とはいえ、結局「ものをつくる」のは人なんだと改めて思いを強くしました。研究や開発、生産に携わるSpiberの皆さん、紡績工場の皆さん、さまざまな方の熱意によって、新しい試みが実ったのだと。



自然に恵まれた山形県鶴岡市。国内はもとより世界中からSpiberの可能性に期待して、多くの社員がこの地に移り住んでいる


今回、Spiberの社員の方から、うれしい言葉をいただきました。「ロンハーマンの服には人を引きつける力がある」と。「展示会でのことです。『Brewed Protein』の情報を掲げているわけではないのに、多くの方がロンハーマンの服の前で立ち止まってくださる。そして、触れてみて『あっ、気持ちいい』と。その上で『この素材は何だろう』と興味を持っていただける。やはり、物の良さに勝るものはないとすごく実感しました」。まさに私たちが目指している服づくりのあり方です。「素敵ね」、「かわいい」、「かっこいい」。お客様の心を動かして、服を手にとっていただく。それが結果として、環境や社会に良いものであれば。



自然と共生した環境から、新しい技術が生まれていく。Spiberのヘッドオフィス


今、世界の価値観が変わっていく中で、「ラグジュアリー」の定義も多様化しています。決して高価なものだけがラグジュアリーではない。「いかに人が快適に幸せに暮らしていけるか」、「カジュアルに自分らしくいられるか」ということも、ラグジュアリーではないでしょうか。今回、私たちがBrewed Protein™の生地を使用したのは、ワンマイルウエアです。カリフォルニアでは、ワンマイル(約1・6キロメートル)という日々の暮らしのエリアで、愛犬の散歩やモーニングコーヒーを買いに行くときに着るような日常的なアイテムをそう呼びます。日々身につけるアイテムだからこそ、上質で特別な思いを込めた素材を。今、ロンハーマンがお客様へ提案できるラグジュアリーとはなにか。今回の「Brewed Protein™」とのコラボレーションによって、その答えの一つが見つかったと思います。



今回ロンハーマンが初めてBrewed Protein™繊維を使用したのは「ワンマイルウエア」。パンツ、スエット、フーディー、ビーニーの4アイテムをウィメンズ、メンズともにラインナップ。最上級の素材を使ったアイテムの証である「UPSTAIRS」をタグにクレジットしている

 

 

Latest Issue

Back to Index