ロンハーマンにかかわる方を迎え、さまざまなお話をうかがいます。
第1回目のゲストはHERILLのデザイナー大島裕幸さん。ホストはウィメンズディレクター根岸由香里です。
毎日着て自分の風合いを。普段着のカシミア
根岸:ロンハーマンでは、昨シーズンに続いて、大島さんがデザイナーを務めるブランドHERILLでカシミアのニットを別注しました。ゴールデンキャッシュというカシミアを使っていますが「何て気持ちがいいニットなんだろう」と。何十年もアパレルの世界にいますが「出合ったことがないニットだな」と思いました。ゴールデンキャッシュとはどんなカシミアなんですか。
大島:ゴールデンキャッシュというのは、取れる量がすごく少ないので、あまり出回らないんです。ベビーカシミアと同等の繊維長で、とても毛が長いのが特徴です。本来でしたら、フワッと薄く仕上げるんですけど、これはガンガンに詰めて織った。それで着るたびに風合いが増す。最初はゴールデンキャッシュと知らなかったのですが、業者に「めちゃくちゃいいから全部使わせてほしい」と。高級寝具メーカーなどが使用するんですが、アパレルブランドからはほぼ出ないですね。
根岸:お持ちいただいたゴールデンキャッシュのニットは、大分着用されていますね。
大島:普通に洗濯機で洗っているんですけど、全然、毛羽立っていないんですよ。洗濯機で洗えるというのは、度目が詰まって、なおかつ繊維長が長いということ。そうでないと、繊維が絡まってしまいます。どんどん洗うことによって、フワッとしてきますね。洗えるからがんがん着れる。私は家でいる時の部屋着はすべてカシミア。冬はパジャマも。
根岸:大島さんの人となりを知らないでそれだけ聞くと、「めちゃくちゃラグジュアリーな男性」みたいなイメージになりますね(笑)。
大島:全くラグジュアリーとは正反対なんですけどね。
2019年、満を持してHERILLをスタートさせた大島裕幸さん。言葉の節々から根っからの服好き、ものづくりへのこだわりがにじみ出る
根岸:ちなみに、このゴールデンキャッシュを製品化する上で、大変だったことはありましたか。
大島:「この度目で、この肉付け(厚さ)で、ゴールデンキャッシュでやる」と工場に言った時には、驚かれましたね。「これだけ肉付けたらすごく高くなるのに、この値付けでは売れないのでは」と。
根岸:本当に値段的な観点とか沢山売るとかよりも、純粋に「こうしたら絶対いいんじゃないか」という気持ちでつくったんですね。私自身は、この無染色の色にすごく魅了されました。
大島:何で無染色になったかというと、純粋に何色がいいかよくわからなかったんです。紺でも黒でも何色でもよかったんですけど、その選ぶ理由が自分の中で決められなくて。で、最終的に「何も触らないのが一番いい」と思ったから無染色なんです。着た人が風合いをつくっていく、みたいな感じで。
根岸:このゴールデンキャッシュを着る方に、メッセージがあればぜひ。
大島:どんどん着て洗濯して「何日間着たら何日休める」とかではなくて、毎日着てほしい。デニムではないですが「自分の風合い」みたいなものが出るので継ぎや毛玉ができても気にせずに、別に縮むものでもないですから。「ボロボロになっても着たい」って思ってもらえれば。
根岸:素敵ですね。毎日のようにたくさん着ても、本当に物がいいから長く着られますよね。
大島:「売りたい」というよりも、買って着た人が「めちゃくちゃいい」という服を、「わかる人だけに届けたい」みたいなところはありますね。
大島さんが手がける洋服が大好きと語るロンハーマンのウィメンズディレクターである根岸。プライベートでもゴールデンキャッシュのニットを愛用
HERILLを立ち上げた思い。わかる人に着てほしい。
根岸:HERILLについて、お聞きしたいのですが。
大島:ブランド名の「HERILL」は「Heritage」と「Will」(未来、今後)の造語です。Heritageにはいろいろなとらえ方があると思っていて、そのまま「古着」とか「作る場所」や「工場」、それと「生地の機屋(はたや)」。昔ながらのヴィンテージというか、いいものをつくる人はいっぱいいるな、と思っていて、まずは日本でそういうのをつくったらいいものができるのではと思っていたんです。実は、HERILLの服の下げ札の裏面にはサブタイトルみたいなものがあって「The Coast of Heritage」と書いてあります。スチュアート・ダイベックというアメリカの作家が『The Coast of Chicago』という本を出版していて、邦題が『シカゴ育ち』。私はそこに「Heritage育ち」という意味合いを持たせ、古着だったり服の生地のよさだったりとか、その遺産をもう1回引っ張り出して、皆が「昔は本当によかった」みたいな服をつくりたかったんです。
根岸:すごく興味深い話。これまでちゃんと聞いたことがなかった。今までバイヤーとしていろいろ見て来て、本当に古着やヴィンテージが好きで知っていてつくっている方の服って、不思議とわかるんです。「ああ、本当に古着が好きで、洋服をつくっているんだな」って。
大島:古着を参考にして服をつくるのにあたって、やりたくないのは、いわゆる「男の世界の古着のリプロダクション」。ちょっと男性だか女性だかわからないようなところを行き来するような服が理想。男っぽいものづくりだけど、サイズ感は女っぽい、とか、今時のムードが感じられるような……。別に中性って意味でもないんですけど。
根岸:大島さんってぱっと見た時の印象は「ザ・男性」じゃないですか。つくる服は、女性だとつくれないのですが、いい意味で男性っぽさがないから、私自身もスッと入れました。ロンハーマンでもメンズよりもウィメンズの方に入るようなデザインですよね。力が抜けているという感じで。ところで、服づくりをしていて、一番楽しい瞬間は?
大島:いい服が上がってくるのが、一番楽しいですかね。やはり、テンションが上がる。
ゴールデンキャッシュのニットは着るほどに風合いが増しソフトに。お手入れは洗濯機でよし。「犬用のブラシでケアするといいですよ」と大島さん
根岸:展示会へ行くと、ご自身でいっぱいサンプルを着てくれる。「見て下さい。これ、すごくかわいくないですか」って。その姿がとても楽しそうで、私たちも楽しくなるんです。
大島:意外とクセがないようでクセを付けているので、「誰にでも似合う」ってものでもなくて……。特に普通の男性が意外と似合わない。サイズ感をちょっとズラしているんです。「乗りにくいクルマ」ではないですけど、誰にでも似合うようにはしようと思っていなくて、そこに何か自分だけの楽しみがあるというか(笑)。
根岸:でも、それが「大勢の人」というよりは「好きで、わかる人」に支持されている。
大島:「もう普通の服を見ても感動しない」ような服のプロ中のプロが「あれ!?」みたいな。ちょっと引っかかるポイントというかクセですね。
根岸:HERILLに同業者のようなプロのファンが多いのは、本当にそうなんだろうなと思います。大島さんの服はパッと見で「何かフォルムがおもしろい」とか「ディティールがおもしろい」というわけではありませんが、空気感が違うんです。今の話を聞いて私自身、それが理由なんだと知りました。ところで、服づくりで大変なところは?
大島:ないですね。服づくりをしている時は、何も考えていないので、そこは大変というより楽しいですかね。ですが、最近気づいてきたのですが、自分の中でどれだけ納得できる服を作って人に伝えるか、というのが一番大変に思うようになりました。「よりコアに」、「より狭く」という服をつくろうとしても、ビジネス的に考えるとどんどん広げていく方向になってしまう。
根岸:だけど、大島さんはそっちではない。「もっとコアに本当に納得できて、いいものをわかってくれる人に大事に売っていく」ということをやりたいと思っていても実は中々できない。ですから、HERILLは本当に貴重ですよね。私も胸を張って「これは本当にいいものなんです」というものを、やっぱり買い付けたいし、お店のスタッフの皆もお客様に提案したいと思うので、そういう考え方に共感できると思います。ちなみに、この秋冬のHERILLの別注ですが、立ち上がりが好調であっという間に売れてしまいました。1回買って下さったら、HERILLのファンになって下さるんでしょうね。顧客様から「ぜひリオーダーをしてほしい」というお話をいただいて、大島さんにお願いしたら「もう今年の量は十分作ったから、また来年に」と。ビジネス的に考えたら通常は「リオーダーしましょう」みたいになるんでしょうけど、その考え方もすごくいいなと思いました。
<後編につづく>
profile
大島裕幸 Hiroyuki Oshima
HERILLデザイナー。文化服装学院卒業後、デザイナーズブランド、某大手セレクトショップの企画を経験でキャリアを積む。2019年秋冬から、ユニセックスブランド「HERILL」(ヘリル)を立ち上げる
根岸由香里 Yukari Negishi
Ron Herman事業部事業部長兼ウィメンズディレクター。文化服装学院卒業後、セレクトショップで販売、企画、バイイングを担当。2008年、ロンハーマン立ち上げ時にサザビーリーグへ。2016年から現職