海のような深み、空のような透明感、静寂と生命力を合わせ持つ神秘的な“青”。ナイジェル・スコットさんが手がける作品は、見る者をひきつける不思議な力があります。ブループリント(日光写真)という独自の手法で生み出す作風は、ナイジェルさんならでは。このたびロンハーマンではオーストラリア発のハンドメイドバッグブランド「State of Escape」(ステート オブ エスケープ)とナイジェルさんによる特別なコラボレーションコレクションがエクスクルーシブでリリース。併せて、ロンハーマン千駄ヶ谷店と二子玉川店では、発売を記念してアートエキシヴィジョンも開催。ナイジェルさんの青へのこだわり、そして、写真への思いについて語ってもらいました。
現在はカナダ、トロントでアーティスト活動を行なっているナイジェル・スコットさん。ファッション業界で写真家と活躍しながら、サーフィン、ストリート、生物と幅広い被写体にレンズを向ける。また写真プリントにペイントするなど独自の作風を生み出している。
—まずはナイジェルさんのプロフィールを教えていただけますか。
僕はジャマイカで生まれ育ちました。ご存知のようにジャマイカは島国なので、海は身近な存在でした。初めてカメラを手にしたのは17歳の時で、母にカメラを買ってほしいと頼みました。母はいつも私をサポートしてくれていたので、父にも頼んでくれたんです。ただただ周りの人々や庭の花の写真を撮りたかったからです。カメラを手にして、写真を撮るというのはその一瞬を捉える魔法のようだと感動しました。初めて撮った写真がジャマイカで賞をもらったんですよ。僕のガールフレンドと彼女の友達の写真でした。賞を取ったごほうびに、父が50ドルくれたんです。これがプロの写真家として初めての仕事ということになりますかね。それから、広告の写真を手がけました。
—写真家としてのキャリアは最初から順調でしたか。
いえ、順調とは言えませんでしたね。いい時もあれば悪い時もありました……。1975年、19歳の時、父の勧めもあって兄が住んでいたカナダのトロントに移住しました。たまたまそこでボブ・マーリ―のコンサートがあったんです。僕は同郷でもある彼のファンでしたが、直接会ったこともなかったし、特につながりもありませんでした。ところが、彼のコンサートクルーの一人が僕のことを知っていて、コンサートに招待してくれました。そこでボブ自身から彼のステージの写真を撮ってほしいと言われました。しかし、それは僕のキャリアに大きく影響したとは言えません。その写真を20年間、誰かに見せたことはありませんでした。ですが、いずれにしても僕の人生の出来事としては大きいものの一つと言えると思います。
島国のジャマイカ出身とあって、海や自然には特別な思いがある。特にサーフィンに出会ってからは、海へのリスペクトが高まり、環境保護にも心を寄せるようになった
—写真家として一番影響を受けた人物やモノはなんですか。
僕はどんな媒体であれ、写真というもの自体をずっと愛しています。写真の歴史にも非常に興味がありました。ですから、本であれポストカードであれ、様々な「写真」と呼ばれるものであればなんでも見てきました。有名な写真家の作品はもちろんですね。写真には長い歴史があり、もちろん白黒写真から始まっています。その様々なプロセスを学び、その中からブループリント(サイアノタイプ=日光写真)というものを発見しました。そしてその青色自体を大好きになり、僕のテーマとしては最適だと思いました。技術的にはそれほど難しいものではないんですけどね。影響を受けた写真家は数人いますが、マン・レイに最も影響を受けたと言えます。彼の感光や露光の技術にひかれました。
ブループリント(日光写真)という古典的な写真技法を駆使して、独自の青を追求する。「僕はシンプルなのが好きなんだ。いろんな色を使うのは得意じゃないから、ブループリントの“青”を見つけた時にこの色にこだわることにしたのさ」
—ファッション、ストリート、ネイチャーと幅広い写真の分野で活躍されています。作品のインスピレーションやモチベーションはどこから生まれてくるのでしょうか。 また、写真家として一番大切にしていることは。
インスピレーションは色から得ています。最近は自分が撮った写真の上に絵を描いています。人だったり、海だったり、海の場合は同じ色が重なるイメージですが、とにかく写真がまた違う顔を見せてくれることが楽しくて、今はそういう作品をいろいろ作っています。そして、とても大きなインスピレーションをサーフィンから受けました。海の色とブループリントの色は同じブルーですから実によくマッチするわけです。実は僕が初めてサーフィンをしたのは忘れもしない、2000年、日本でした。印象に強く残っているのは茨城県水戸市の近くのビーチでした。一緒にサーフィンをした仲間とその場所をハッピービーチと呼んでいましたよ。とにかく僕はずっと日本のスピリチュアルな部分にとてもひかれていて、例えば神社などに行くと精神面でインスパイアされることがあります。どこでしようともサーフィンをすると魂が震えるんです。小さいころから海に囲まれていましたが、さらにブルーな海に魅了されて、作品を作ったり、海の近くに住んだりとどんどん近い存在になっていきました。
ニューヨークで制作活動していた時は、ロッカウェイビーチに暮らしていたナイジェルさん。サーフィン、海からのインスピレーションがクリエイティブのモチベーションに
—今回の「State of Escape」とのコラボレーションバッグは“Blue Deep Blue”がキーワードになっています。何を表現したかったのでしょうか。
ある日突然僕の頭の中に空と海という二つのブルーが浮かびました。だから“Blue Deep Blue”。とてもシンプルなんです。海に囲まれて育ち、海は小さいころからずっと身近にありましたが、サーフィンを始めて、ますます身近になりました。海に入るとビーチからは見えなかったゴミが見つかることもある。もちろんそれを拾うわけだけれども、いつももっと注意して海を見なければいけないと思うようになりました。そして、その海をブルー、つまり美しい状態に保たなければならないと思うようになり、このタイトルを選んだのです。しかし、このタイトルを文字化してあらためて目にした時には、あまりにも当たり前すぎて、自分でも笑ってしまいました。作品の中に1本のラインが見えると思いますが、それは空と海をつなぐ線、水平線なのです。僕が見ている水平線も皆さんが見ている水平線も同じです。つまりは人と人をつなぐ線です。そういう気持ちを込めて描いたんです。
—今回、ロンハーマンでアートエキシビジョンを開催しますが、コンセプトは何ですか。
どの作品でも僕のコンセプトは変わりません。水平線で私たちはつながっている、ということと、このブルー、青さをこれからも保っていけるように、海を守っていきたい、ということを伝えたいと思っています。東日本大震災の時の福島の問題も僕は心に留めています。世界の海とともに日本の福島の海も一緒に守っていきたいと思っています。
オーストラリア発のバッグブランド「State of Escape」とコラボレーション。ナイジェルさんの作品をプリントしハンドメイドによって作られるバッグ。また、発売を記念してNigel Scottのアートエキシヴィジョンを開催。千駄ヶ谷店:6月11日(土)〜23日(木)、二子玉川店:7月2日(土)〜15日(金)
—今後手がけてみたいプロジェクトがあったら、教えてください。
“Blue Deep Blue”のプロジェクトが僕を後押ししてくれているので、そのコンセプトをさらに広げていきたいと考えています。サイアノタイプを使って、今まで手がけたことがないような大きなサイズの作品を作っています。逆にとても小さなサイズの作品を作ることにもワクワクしています。そんな小さなサイズの作品も作ったことがなかったので。その小さい作品で部屋をいっぱいに飾ってみたいですね。
—最後の質問です。ナイジェルさんにとって“写真”とは。
写真とは私にとっては言語と同じです。コミュニケーションを取るための手段なんですよ。
— ナイジェルさん、ありがとうございました。
「小さな作品を手がけるのは、今回が初めての試みなのでワクワクしています。大きな作品は値段が高くなってしまうから、サイズが小さい方がお客様は求めやすくなるのでうれしいです」。ポストカードサイズのスモールアートはナイジェルさん直筆のサインが入ったバンダナで包んで販売
Profile
ナイジェル・スコット Nigel Scott
1956年ジャマイカ生まれ。カナダのファッション業界で写真家として活動後、87年、パリに移住。ファッションフォトグラファー、アーティストとして活躍し、コムデギャルソンのショーにも参加するなど、パリファッション業界で存在感を高める。その後ニューヨーク、ロッカウェイビーチに移り住み、サーファー、自然、環境にかかわる作品を精力的に手がける。現在はカナダ、トロント在住。2012年、ブループリント(日光写真)による写真集『Conversations with Blue』で独自のスタイルを確立した